6月にはもう立つことすらできなかったキョンキョンが今朝亡くなりました。
沢山の思い出を作ってくれて、故大関源治との中で話題の絶えなかったキョんキョンが
私の誕生日を見守り大関源治が11月16日に亡くなったこの、16日を選んだかのように静かに命の灯を消して行きました。
富里に移り住み、トレーダーが逝き、ピーチが逝き、ソフィが逝き、カッターが逝き、スパークが逝き、フェアリーが逝き、その他沢山の子の旅立ちを見送りました。そのたびに心がやせ細り、息をするのが苦しい思いだけでしたが、
大事なダイヤモンドがまるで砂のように両手から零れ落ちていき、大関源治のもとに逝ってしまいました。
キョンキョンはとても直ぐに逝ってしまうようには思えず、いつも夜中に2、3回お顔を見に行っていたのに、昨日は疲れて、ちょっと起きれませんでした。その間にキョンキョンは逝ってしまいました。
本当に寂しいものですね、悲しいものですね。
朝からひとりで、キョンキョンの遺体をシャンプーしてあげながら、
きっと、大関源治が「もういいよ、充分に戦ったんだからもう、こっちへ来てゆっくりおやすみ・・」といってキョンキョンを連れていってしまったのだと思いました。
骨と皮だけになってしまったキョンキョンをみると本当に戦って、戦って、旅立っていったのがひしひしと伝わってくるのです。起き上がる事も出来なくなったのに、それでも名前を呼ぶと首を上げて私の顔をじっと見てくれたキョンキョンでした。
10歳を過ぎた頃からお腹にできた出来物を麻酔を使っての手術が怖くて、手術もしなかった私です。
キョンキョンは、私を恨んでいったかなあ・・・それとももっと一緒にいてあげられなくてごめんねって言ってくれたかなあ・・・
なんて、泣きじゃくりながら・・・そんな事も思いました。
BELISARIUSの血統の根源の一旦を担ってくれたキョンキョンです。感謝をささげたいと思います。
ありがとう、キョンキョン、でも、でも、寂しいよ、キョンキョン・・・